古代より、名画と言われる絵画(15〜18世紀)の中に、死者が昇天していく絵は かなり沢山あるようです。洋画の場合は天使(幼児であって背中に羽根がある、エンジェル) に囲まれて浮き上がっている光景、上空から光が差し、美しい花園が見える絵等があります。 また、絵画だけでなく臨死体験の話は本やマスコミでも何度か聞いた事があります。 死後の世界があるかどうかは分かりませんが、チョット不思議な体験をしたことが ありますので書いてみます。もし、同じような体験をした方がありましたらご意見をお寄せ下さい。

 それは、昭和20年の9月、敗戦からまだ1ヶ月位の混乱の中、私は10歳でしたが
疎開先の田舎で腸チブスに感染しました。そして、42度を越える高熱が続き、 夢うつつの状態となり、本来なら入院すべきところ病院もなく、疎開先の離れ座敷で、 12キロ程離れた姫路から医者に来て貰いリンゲル注射を続けていました。そして高熱で 意識がなくなり幻想の世界に引き込まれたのでしょう。その時、私は部屋の天井まで浮き上がり、 下の布団に横たわっている自分の姿を見ました。そして、布団の側に座っている父が 「和坊(私の愛称)が死んだ」と大声をあげたのを聞きました。その時、私自身、苦しいとか 痛いという状態ではなかったように思います。それから、何分か何時間か後、 自分が寝ている事に気付きました。その間の時間は全く分かりませんが、 顔に布が掛かってなかった事を思うとほんの一瞬の事だったのでしょう。 多分、三途の川を渡る手前で父の声に呼び戻されたのでしょう。
 何日か後、自力で起き上がれるようになり、父と一緒に写した写真を見ましたが、
まるで違う子供のようで、今も見るアフリカの難民の子供のようでした。父も難民の親のようでした。
アルバムには、父の字で、「看護せし親も負けずに痩せにけり」と記されています。 全快後は丸々と太り、却って丈夫な子になりました。
 死後の世界、それは雄大で無限、現世のように狭い所にひしめき合い、 争い合わなくてもよい世界があると思って、この世の人生を正しく有意義に生きて行くことは、 結果として残された人生を楽しく豊かに安らぎをもって過ごせることになると思っています。
 FリストのLES PRELUDES 第3番(前奏曲)はそう言う詩に感動して作曲した名曲です。
それは、フランスの詩人マルティーヌの「詩的瞑想録」の中の一節に要約されています。
「人の一生は、死によってその厳粛なる第一音を奏でられる。何人も知らぬ歌(死の世界のこと)への 前奏曲でなくて何であろうか」と言う言葉で始まり、
愛や、自然の生活、戦争、嵐、安らぎが歌われているとの事です。