3000m級の山は10月も終わり頃になると、いつ初冠雪があるか分からないので、 登山者は極端に減ってくる。我々は豊科から常念岳を越え、一の沢、槍沢を経由して
夕方には槍岳肩の小屋にたどり着いた。夕闇迫る槍岳付近には登山者もなく、 肩の小屋も唯一人、穂積さんだけだった。穂積さんは間もなく小屋を閉めて下山するが、今日お世話になる事は勿論ながら連絡していた。 炉辺で夕食をしながら、周辺のお天気情報等を聞いたが、そのときの話では昨日単独行の登山者があり、北鎌尾根をやるとの話であった。間もなく北鎌尾根の鋭い 岩峰は氷に覆われるだろう。今年、最後のチャンスかも知れない。
 明日の準備を済ませて二階へ上がる。ランタンの灯をたよりに、壁際に畳んであった
布団を敷いた。昨夜の登山者の体温が残っていた。あり得る事だが、何時に出発したのだろうか? チョット不思議な気がした。壁際の古新聞の上にタクワンがほぼ一本刻んで並べてあった。 何でこんなものを忘れていったのだろうと思ったが深く考えず眠りについた。山では早寝早起きは常識だ。

 5〜6時間たった頃、多分1時半か2時頃だったと思う。相棒に起こされた。
「さっきから懐中電灯をつけたか」と聞いている。
「いや、何もつけていない」
「部屋の中で何かが光っている」
「フーン」私は寝てしまった。2時間位して、また起こされた。
「光が飛んでいる」
「フーン」。私も見た!確かに光が飛んでいる。

怖くなった。降りよう。後を見ずに階段を駆け下りた。まだ殆ど真っ暗だった。 途中、階段の窓からまるでブロッケン現象のように笠岳が見えた。覆い被さるようだった。 そろそろ熊が出る季節なので、飯盒の中に石ころを入れてガラガラ言わせながら 一目散に上高地まで下った。見上げると穂高連峰は雪雲に覆われていた。

 松本まで出て新聞を買った。何かが出ているような気がした。夕刊の片隅に、 昨日単独行の登山者が北鎌尾根で遭難した事が簡単に書かれていた。 何故か、より詳しい記事がでている新聞を読みたいとは思わなかった。 繋がりがあったかも知れないと言う事が怖かったのかも知れない。 その後、相棒は単身(ガイドは付けた)マッターホルンをやった。 私は、ダラダラ低い山を楽しんでいる。お互い元気である。